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東京地方裁判所 平成7年(手ワ)1653号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因1(原告の手形の所持)について

原告が本件手形を所持していることは、裏書の連続はさておき、本件手形の存在及び弁論の全趣旨よりこれを認める。

なお、後記のとおり、本件手形には受取人の記載がなされていない。この場合の台湾法上の効力は明かではないが、少なくとも裏書の担保的効力は認められるものと解されるから、この点に関する被告の主張は失当である。

二  請求原因2(本件手形の振出し)について

手形行為の方式とは、その行為が手形法上の効力を生ずるために充足しなければならないすべての形式的前提要件を含むかなり広い概念と解されている。

被告は、本件手形が台湾において振り出されたことを明らかに争わないので、振出しの方式については振出地法である台湾法が準拠法となる。

1  《証拠略》によれば、本件手形の表面に「東菱電子股ひん有限公司せん俊森」の印が押捺され、額面、支払地、振出地、振出日につき、別紙手形目録記載の内容が記載されていることが認められる。

台湾手形法は、手形行為の方式につき「手形上の署名は捺印をもってこれに代えることができる。」(六条)と定めているので、振出人が本件手形の振出人欄に捺印をしたことをもって、同法上適法な振出行為にあたるといえる。

2  台湾手形法は、受取人、満期のいずれも手形要件と規定している(同法一二〇条一項三号、八号)が、本件手形は、受取人欄及び満期欄に記載がない。しかし、手形要件の欠缺がある場合の補充規定も振出しの方式の一問題として振出地法が準拠法になると解されるところ、同法には、満期については「満期日の記載がないときは、一覧払いのものとみなす。」(同条二項)との、受取人については「受取人の記載がないときは、所持人をもって受取人とする。」(同条三項)との規定がある。右一二〇条三項の解釈は明らかではないが、ともかくも右規定により欠缺が補充され、結局本件手形は台湾法上適法に振り出されたものといえる。

三  請求原因3(被告の裏書)について

原告は、本件手形の第一裏書(以下「本件裏書」という。)の行為地は日本であると主張するので、その前提で判断する。

本件裏書の方式は、日本法によることになるが、《証拠略》によれば、本件手形の裏面の第一裏書欄に被告名(ただし、帰化前の旧名である。)の署名と捺印があるから、その成立の真否はともかくとして、方式上わが国の手形法の定める要件を充たすものといえる。

四  請求原因4(呈示の効力)について

1  本件裏書は日本でなされたのであるから、その効力についての準拠法は日本法である(手形法九〇条二項)。

手形行為の効力とは、手形行為から生ずる一切の権利義務の内容すなわち債務の発生事由、内容、性質、消滅原因、保全要件等を総称するものとされる。

裏書人に対する遡求権を保全するには、手形を適法に呈示しなければならない。適法な呈示であるためには、法定の呈示期間内に、手形要件を充足した完成手形を、適法な方法で、呈示することが必要である。

2  被告は、原告が支払地である台北市において本件手形を台湾法の定める呈示行為の方式に従って呈示したこと、また、法定の呈示期間内に呈示行為がなされたことについて、明らかに争わない。

3  前記のとおり、本件手形には受取人欄及び満期欄の記載がされていない。このような手形は、台湾法上は適式であると解されるのに対し、日本法上は未完成手形である。本件の争点は、結局のところ、裏書人に対する遡求権を保全するために呈示されるべき手形は、振出地法上適法な手形か、それとも、裏書地法上の手形要件を充足した手形か、というに帰する。

当裁判所は、裏書人に対する遡求権保全のためには、裏書地法上適法な手形が呈示されることを要すると解する。その理由は以下のとおりである。

(一)  手形法は、手形行為の方式に関する準拠法を各行為の行為地の法とし、手形行為の効力に関する準拠法は為替手形の引受人及び約束手形の振出人については支払地法、その他の手形債務者については行為地法としている。

手形は異なる法律をもつ複数の国を流通していくものであるが、手形債務者にとって最も関係の深い法律を準拠法とすることが各行為者の利害に合致し、行為地の手形取引を保護することにもなり、さらには手形の流通に資するものと考えられる。そして、各行為地法が各行為者にとって最も認識しうべき関係の深い法律といえることから、手形法は、各行為地法を方式及び効力につき準拠法とすることを原則としたものと思われる。為替手形の引受人及び約束手形の振出人の義務の効力は支払地法により定めるとの規定も、支払地はこれら債務者の義務履行地であるから、手形債務者にとって最も関係の深い法律を準拠法とするとの手形法の趣意に適うものであって、行為地法の原則と軌を一にするものである。もっとも、裏書等附属的な手形行為の行為者としては、各自の行為の方式、効力については行為地法が準拠法となるものの、その前提である振出しの方式については振出地法に依拠することとなるが、これは、裏書等附属的手形行為そのものが有効な基本手形の存在を前提として初めてなしうるとの手形の本質上、やむを得ないといえる。それでも、例外として、振出地法上無効な基本手形であっても、裏書等が行為地法上適式になされ、かつ、振出しが裏書等の行為地法によれば適式である場合は、その裏書等は有効であり、裏書人らは手形債務を負うものとされるが、これは、振出し、裏書等がともに、行為者が最も認識しうべき法律である裏書等地法上適法とされたのであるから、振出地法上の評価にかかわらず、裏書等地法の評価に従って裏書人らに債務を負担させても何ら不適当ではないとの理由によると思われる。いいかえれば、裏書等地法上適式とされる振出しがあり、適式かつ有効な裏書等がなされた以上、裏書人らは不適法を理由として債務を免れることはないことになる。

(二)  手形行為者は、いかなる要件のもとに、いかなる内容の債務を負担することになるかについて、関心を持つ。手形法は、前述のとおり、手形債務者の権利義務を手形行為の効力と総称して、各行為につき最も密接と思われる地の法を準拠法とした。各行為につき最も密接と思われる地の法は、各行為者にとって、最も知りうべき法でもある。各行為者は、知りうべき法にしたがって義務を負い、かつ、これをもって足りる。したがって、裏書人に対し遡求権を行使するための呈示についても、その効力の判断は裏書地法によるものであり、その前提である手形要件の内容も裏書地法により定まるというべきである。

このことは、「振出しの方式は振出地法により定まる(手形法八九条一項)。」ことと矛盾するものではない。八九条一項は、振出地法上基本手形が形式上有効に成立し存在する以上、その形式的有効性は裏書等地国でも承認されるべきであって、たとえ裏書等地法上手形要件を具備していない場合でも有効な裏書等をなしうる、というにとどまるものである。それ以上に、裏書等の効力の判断においても当然に振出地法上の評価に拘束され、それ以外の評価を許さないとまでしなければならないものではない。

このように解しても、手形の流通を阻害することにはならない。なぜなら、各行為者の相手方もまた、当該行為地法を知り、したがって当該行為を有効ならしめる要件を認識しているものと思われるからである。

もっとも、日本の手形法の法定要件は、諸外国法のに比して厳格といえるから、外国で振出時においてすでに振出地法上の手形要件を具備して完成手形として振り出された手形でも、日本の手形法の要件を充たしていないことはありうる。しかし、実際に流通している外国手形の多くには、日本の手形法の法定要件事項については、たとえそれが振出国法上の要件とされていない場合であっても、その記載欄があるし、右事項の記入がされていない場合(行為地法により、手形要件ではない場合も、未完成手形の場合もありうる。)でも、多くの場合は所持人に補充権が付与されていると解されるから、所持人において補充すれば足りるものである。所持人は、手形面に外国でなされた手形行為がある場合、その行為者に義務の履行を求めるには行為者の行為地法を確認を要することになるが、これは手形法九〇条よりすれば当然であるし、実際上も、このことをもって所持人に過大の負担を強いるものとはいえない。所持人は概ね国際取引に関与するものであるうえ、各手形法とも手形の性質からして国ごとの固有部分は少なく、手形要件も法体系ごとに概ね定まっているからである。

(三)  本件手形の受取人欄及び満期欄に記載がないのは前記のとおりである。満期についてはともかく、受取人については補正の余地がないから、日本における裏書人である被告に対し、遡求権保全の要件である適法な呈示はなされていないことになる。

五  したがって、その余の点を判断するまでもなく原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中山節子)

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